5/4 プリズレンへ 彼女にコソボ事情を紹介するため、朝バスに乗りプリズレンへ。歴史的市街地の状況、セルビア系市民居住地が焼き討ちにあったままの状況、オードドックス教会が崩壊して鉄条網に囲まれている状況。アルバニア系市民は何もなかったように今日も暮らしている。
見学を済ませて、プリシュティナに戻る。夜8時にはバスステーションからモンテネグロ・ウルチン行きのバスに乗り、深夜バスの旅にでる。今回の目的地は世界遺産に登録されているクロアチアのドブロヴニク、モンテネグロのコトル。
5/5 ドブロヴニク 前回同様早朝にウルチンに到着。前回訪問でバス路線をチェックしてあり、そのままドブロヴニクに行けると把握していたが、予定は未定な国。今日のバスはコトルまでしか行かないそうだ。
とりあえずバスにのりコトルまで向かう。モンテネグロのアドリア海沿いの風景は非常に美しい。
コトルへ向かう風景、海沿いから一旦内陸に入り山がちな道を進む。視界が開けて内湾に向かって道が下っていく。内湾を囲むオレンジ色の屋根の市街地。穏やかな水面で、山に囲まれた静かな都市である。
コトルバスステーションに到着。ドブロヴニクへのバスを探す。バスチケット売り場でバスを訪ねると午後しかないとのこと。
すると後ろにいた体格の良い老人が、「15分もしたらバスが来る、私も乗っていくよ」と教えてくれる。バスの窓口の係員は自分の会社のバスの時間しか教えてくれないそうだ。なるほど、モンテネグロに来ていつもバスのスケジュールが違うのは、すべての時間を教えてくれないからだと理解する。
更にチケットは窓口で買うよりもバスに乗って買う方が安いそうとのこと。窓口で手数料を取られる。全く持って不思議な仕組みである。公共交通機関とは言い難い。
老人はコトルに住んでおり、娘がドブロヴニクにいるとのこと。銀行にいって今日戻るとのこと、我々も戻ってコトルに滞在する予定だったので、話を聞くと、帰りのバスが16時頃にあるらしい。とりあえず往復のチケットを買う。
バスは適度に送れたものの到着、乗り込んでドブロヴニクに向かう。バスのなかで老人はコトルの街について詳しくレクチャーしてくれる。
コトルの街、世界遺産に登録された旧市街の北側の山肌に城塞がある。これをライトアップして観光資源を支援したのが日本だということも聞かされる。
クロアチアの国境を越える、とたんに景色が更に明るくなる。ドブロヴニク、アドリア海沿いの港湾都市で山肌を行くバスから見た景色はとても華やかなリゾート地。思わず、ここに滞在してのんびりするのも良いか、という気持ちになる。 アドリア海の真珠と呼ばれるのも理解できる。ヴェネチアと並ぶ都市国家であった面影を色濃く残している。
旧市街から離れた場所にあるバスステーションに到着。帰り老人と戻るか悩む。帰るつもりでいるが、と答えて別れる。
旧市街まで徒歩で向かう、割と距離がある。旧市街は城壁に囲まれたエリアで、紛争の際の戦災により市街地が破壊され一時世界遺産の消滅リスト入りしていた。現在は街並みが見事に修復されている。
日本を離れて初めてシーフードを食べる。
確かにクロアチアはヨーロッパ各国からアクセスが良く空港もあるので観光地化している。ゴールデンウイークであるため、日本のツアー客もたくさん訪れている。華やかで綺麗な街並みであるが、少々観光地化しすぎているきらいがある。
食べられそうな魚、外国人が好きそうな大型魚がいる水族館があった。
結局コトルに戻ることに決める。
バスで老人とともに戻る、コトル市街に知人が経営するホテルがあるとのことで、紹介してもらうことにする。世界遺産に登録されている旧市街に入り、コーヒーをごちそうになる。旧市街入り口の小さな石造の時計台、とても可愛らしい。時計台の下に時計店があり、代々その家系が時計台を修復管理しているそうだ。スイスの皇帝の許可状が店の壁に静かに飾られている。
ホテルマリアに宿泊、日暮れまで時間があるので街を散策、北の山肌の城塞に上る。結局上り下りに1時間半かかる。しかし、景色はとても良い。
夜は旧市街を出て、内湾沿いのレストランへ。白魚、イカ、白ワインにオリーブを食べる。
食後は旧市街に戻り、老人がもっとも美味しいケーキを出すと絶賛したお店でケーキにコーヒーを注文。
5/6 コトル、ブダバ、バール旧市街、ウルチン→プリシュティナへ 午前中、ホテルで朝食を取り、コトル市街を散策。コンパクトで、建物と建物が有機的に繋がっている。細い路地で街が構成されており、市街地の各所にある小さな広場に繋がる部分は道幅が狭くなっているようである。日本の茶室のように入り口を狭くして内部が広く感じるような仕組みかと感じる。路地がリズムを持ちながら広がったり狭まったりしているため、街並みも魅力的である。
旧市街を出てバスステーションへ向かう。旧市街城壁の外側にマーケットがあり新鮮な魚や野菜、オリーブなどが売っている。アンコウが結構売られているのは驚きである。
コトルからブダパへ。セントヘレンに寄り、バール旧市街へ。
バール旧市街ではすでに夕方、子供たちが狭いスペースでフットボールをしている。興味深そうにこちらを見ているので話し掛ける。6-7人の子供に囲まれる。英語を話せる子供がいて、いろいろ話を聞く。質問攻めにあう。親はコトルに働きに出ているようである。かなりの距離、住み込みかもしれない。
いたるところにヤギのフンが落ちていて、静かで、古いオリーブ畑がある山間の村。静かに時間が流れている。
子供たちに、花の蜜の吸い方を教えてもらった。子供の頃、そんなことした思い出がある、どこの国の子供も同じ、好奇心に満ちた目と楽しそうな笑顔が印象的だった。
ウルチンに戻りプリシュティナへの夜行バスに乗る、晩御飯は名前がわからないひき肉の入ったパン、結構美味しい。
5/7 プリシュティナ 朝5時ごろプリシュティナ着、昼まで疲れて眠る。天気は曇り時々小雨。
部屋の寒さに耐えて生活していたが、暖房を買うべきとの彼女の意見に賛同、郊外のショッピングセンターへでかける。なんでも揃う、コソボにきたときには想像もしなかった。思い切ってヒーターをリビング用と寝室用、計2つ購入。合計1万円。
ヒーターを抱えて二人で幹線道路まで歩く、タクシーを拾ってダルダニアのアパートへ戻る。早速暖房を使うととても快適、もうすぐ春だしUNカーが来てから暖房買えばよいと思って我慢していたが、これで寒くてベッドに入る生活から開放される。感謝。
夕方からプリシュティナの街、HABITATオフィスを案内する。実は今日からUN-HABITATは研修でマケドニアのオフリドに出かけている。
身内が来ているのに出席を求められる、しかしスケジュールを直前に変更したのはHABITAT、こちらはスケジュール変更と同時期に休暇申請を出してある。家族を犠牲にはできないと拒否。
アルタンが間を取り持ち休暇をアレンジ、彼女を空港に送り次第、迎えをよこすのでそれに乗って向かってくれとのこと、了解した。
仲間のプランナーにも同情される、当然休暇にすべきだと。
5/8 空港へ送迎→HABITAT合宿へ 日本では把握できないプリシュティナの事情、物資に困ることもなく、一般生活を送る上で少なくとも危険を感じることはない。街の様子、人の様子を見て彼女は安心したようである。
面白いお土産、ということで、コソボのマークの入った地元のタバコ、お菓子、アルバニアの流行音楽を買う。バスに乗っている間ずっと流れていて、皆が足でリズムを取っている。なんとも不思議な音楽である。CDショップに行くと、ほとんどがコピー商品である。しかし地元の音楽はさすがに正規品。
日本に持って帰るので、ベストチョイスしてくれ、まとめて買うのでディスカウントするよう交渉。
テープを買う。
やはりCDもほしいとのことでその後別の露天でCDを買う、お勧めは?と聞くとここでも同じCDをチョイスされ思わず笑う、このアルバム、そんなに人気あるんだ?
かえって聞いてみると、バスでいつも流れているあのミュージック。足踏みしてリズムを取ってしまいそうになる。
空港まで彼女を送迎。その後、迎えに来てくれたガジムと車でオフリドへ向かう。
エリックの奥さん、フローも参加しても良いということになったらしく、彼女も拾って3人でオフリドへ。
平均速度120キロでの移動、すっかりくたびれる。
ホテルに到着すると、ローカルスタッフに歓迎される。アルバニア語を話そうとする日本人が興味深いようである。彼らの名前を日本語に翻訳させられる、。日本語で話し掛けられてこちらはおもわず苦笑。