Saturday, June 24, 2006

Abstract-30; Education

 6/22  スタッフミーティング(コソボ法制度)
 プリシュティナオフィスでミーティング。ローカルスタッフで法律専門のラジムが都市計画関連法に関する解説を行う。
 コソボ議会でおおむねの情報を得ることができるので理解しているが、その他通達的なドキュメントは入手が難しい。不明なことは彼に聞くとどうやらわかるらしい。英語があまり話せないのが難点ではあるが。
 今週はエリザベット、クリスティーナ、フランクの3名+ローカルスタッフがカナダのバンクーバーで開催されるUN-HABITAT World Urban ForumⅢに参加しているため、人数が少ない。逆にさまざまな議論をするには、10名程度のほうが良いと感じる。
 聴きたいことがさまざまあるが、プレゼンは一般的な内容にとどまる。彼を捕まえてわからないことは確認することにする。
 気になっていたExpropriate law(収用法;公共団体が公共目的で土地を取得するための法律)の存在とどの程度利用されているかは確認できた。道路基盤が整備されないまま市街化が進み、主要道路ネットワークの整備が難しい部分で、建物の除却、立ち退きを行うことができるか?
 自治体で強制収用の可能性を尋ねるといつも、予算上難しいと答える。しかし数件立ち退きである程度道路整備ができる部分もある。
 地方道路整備の予算は自治体が用意することになっている。国からの助成金はないのか?とラジムに聴くと、自治体の議会が承認して国に要請すれば予算が確保できるらしい。
 国際スタッフの仲間に確認すると、土地の収用は現在のヨーロッパでも一般的に行われているようである。
 
 国際スタッフのシャムスが明日もプリシュティナでミーティングなので我が家に泊まる。夜はUNMIKのイタリア人の友達から連絡がある。フットボールみない?イタリア戦応援しようとのお誘いである。しかしイタリア戦約束の時間には終わってるよ?というと、じゃその後の試合見ない?
 日本対ブラジル戦なんですが。結果が、想像できる。
 イタリア人、バングラディッシュ人、アルバニア人、日本人で観戦。前半の玉田の世界水準のゴールに感激、前半ぎりぎりで追いつかれ、後半は立て続けに失点。尾を踏まれたライオンのごとくブラジルが本気で襲い掛かる。負けたものの、力を出し切った良い試合でした。次につながる試合内容ですね。

 6/23 NGOと話し合い
11時頃から市の予算説明。市民が意見を述べることができる機会であるが、あまり人が集まっていなかったのでCEOがその場で月曜日に延期することを伝える。  その場に傍聴に訪れていたNGO「Initiative for Progress」、前回の市民活動団体ミーティングに参加していたの若者達である。
 メールで事務所訪問することをお願いしてあったので、午後時間があるか確認する。OKとのこと、事務所ではなくて、近くのレストランでコーヒーを飲みながら議論をする。  
 活動はさまざま、環境教育から清掃、ホームページ作成、新たなプロジェクトの提案などなど。彼ら自身がまだ高校生ぐらいの学生である。アメリカのNGOから資金提供を受けているとのことである。  
 フェリザイで登録されているNGOが約30団体、実際に活動しているのが5-6団体ある。活動内容で分かれているのではなく、活動内容が重複することもある。NGO同士のネットワークもある程度構築されている。  

 今後の活動協力を得る。彼らも市中心部のみならず村落でのヒアリングに興味を持っている。  
 NGO「Initiative for Progress」 http://www.inpo-ks.org/  

 若者がこうした活動をしていることはとてもよいことだと思う。しかし、学校の授業の時間ではないかと不意に思い、アイダに尋ねると、「今は教師がストライキを起こしていて、3週間ほど授業がない。」
 教育は社会の根底にある最も重要なものである。十分な教育を受けられない社会に明るい未来があるとは思えない。教師の都合で3週間も生徒が授業を受けられないということは、あってはならない事態だと思う。  
 将来が誰のためにあるのか、それがわからない教師は、教師をする資格がないのではないだろうか。


Mitrovica Meetingの写真をもらった。

Abstract-29; SWOT analysis

6/20 テーマ別検討会 全体会議
 職場復帰。
 4つの部会に分かれているテーマ別検討会のメンバーを招集し、テーマ別のSWOT分析(Strengths/Weakness/Opportunities/Threats)について説明する。前回に比べて参加者の人数が格段に増えたのは、CEOからの圧力が功を奏しているのだろうか。いずれにせよよい兆候である。
 一通りの説明の後、分析方法などに対する前向きな質問もあがる。しかし一方で、「民間の都市計画コンサルタントと契約してデータ提供しているのに、何故われわれが分析しなければならないのかわからない、何故、彼らが大体この場にいないのか」という意見もあがる。
 
 仕方がないので説得する。こういう場面での国際スタッフの発言は効力があるように感じる。

 「コンサルスタッフはプランニングの専門家です。プランを描かせればもちろん一般的なプランを描くことができます。しかし、彼らは今回、ジラン、フェリザイ、ジャコバの3自治体と契約しておりフェリザイはその1つでしかありません。また彼らは常にフィールドにいるわけではないので日々変化する状況や事の詳細を知ることができません。フェリザイの状況、それぞれの分野においてもっとも状況を把握しているのはあなた方自治体の専門スタッフだと理解しています。
 コンサルはあくまでも技術支援であって、彼らのみでは現実に即した実効性のあるプランを策定することはできません。たとえば、前回のミーティングで4つのプランが提案されました。そのなかの1つ、彼らが推奨していたプランがここにあります。どう思いますか?これが最良のプランでしょうか?
 もしあなた方が分析を行わずにそのままであれば、これがフェリザイの将来のプランになります。
 それぞれの分野で実務をされている皆さんの課題、将来に向けてのメッセージ、ポリシーをコンサルが作るプランにインプットすることが必要です。コンサルタントにプランを作ってもらうのではなくて、彼らを積極的に活用することが重要です。」

 聴いて納得して首を縦に振る人、ちゃんとこちらの意見を聴いている人が大半で安心する。しかしまだ追加でさまざまな質問も出る。
 自治体スタッフがやる気になることを祈る。私がすべてプランや政策を提案しても仕方がないことなので。

6/21 農業・自然部局部長とのミーティング
 CEOよりも忙しいのか、農業・自然部局部長が1ヶ月かけてもつかまらない。今日やっと話す機会を得られた。イタリア政府からの支援への対応、アメリカのNGOからの農業用の牧畜牛の提供を受け、その受け入れセレモニーを村で行う等、確かに休日もなく急がしい様子ではある。
 
 農業セクションの大きな問題は、既存の法律が農業用土地利用を十分に制御していないことにある。特に幹線道路沿いは次々とロードサイドショップ開発が進められる。それも点在して開発が進められるので、幹線道路からの風景はあまり楽しめるものではない。
 日本でも起こることであるが、建物はなくとも産業廃棄物が山積する土地、資材置き場などの環境・景観を乱す土地利用もみられる。どのような対処策が考えられるか議論する。
 新たな農業土地利用法がコソボ議会に挙げられているが、まだ承認されていない。
 農業系ゾーニングは存在していないものの、旧法では6種類の土地利用分類が義務付けられているとのこと。これは、公図の敷地単位で判定しているものであり、地域としての農業土地利用の方向性を示していない。HABITAT法律専門スタッフであるラジムに確認すると、実際にはゾーニング を定めることができるがこれを行っている自治体はないとのこと。
 新法ではこの分類が8種類になるそうであるが、ゾーニングが行われるかは不明である。

 MDP/UDP策定に農業土地利用の現状を把握する必要がある。ミーティングの場でフェリザイ全域図を出して、「大体でよいから、農業土地利用の現状を丸をつけて分類してください」と頼む。わからないといわれるが、「大胆にグルッと丸をつけて、ここは農業、ここは樹林地、ここは牧畜と書いてくれればいい。あなた方がフェリザイで一番状況を把握しているはずだ」と押す。
 最終的に、手書きの農業土地利用図をどこからか持って来る。はじめからこれを出してくれればいいのだが。データをスキャンして図面作成する。

Inceptional meetingの写真をもらった。

Abstract-28; Japan VS Croatia


6/18 日本対クロアチア戦
 ケルンからフランクフルトの宿に移動してからニュンベルグにいくつもりでいたが、ちょうどドイツ鉄道のICEがニュンベルグ直通だったのでそのまま戦地に向かうことにする。
 移動時間3時間少々。ニュンベルグに到着したらまず荷物を預ける。ジャパンブルーのサポーターも多い。横国大研究室OBにもらった日本代表ユニフォームに着替える。
 試合会場までは鉄道で10分程度。試合開始20分前ぐらいに到着。日本応援団真っ青な中に陣取る。ゴール裏、選手の練習風景、高原、中田、中村、川口…見慣れた選手達。気持ちを切り替えて良いプレイを期待する。
 試合は中盤での日本のパス回しがよい。動きも機敏でミスも少ない、ピンチもあるが見応えのある展開。中田のパスがいまいちつながらないのが気になる。
 どうしてもゴール前で切り込めない場面が多い。勝ってほしい。
 前半終わりに近い時点でDF中沢の安易なミスで相手のPKとなる。またか、の展開。ゴール裏から祈る。

 川口のファインセーブ、得点に値するプレイに日本応援団も沸き立つ。まだ、大丈夫。
 後半も攻められる場面が多い、逆に日本は決め手に欠く。
 結局0対0で引き分け、決勝リーグへの途は閉ざされたと考えるのが普通だろう。
 それでも、個人的には良い試合だった。緊張感もあった、オーストラリア戦に比べたら良い展開であった。
 
 ニュンベルグの町もおまつり騒ぎ。その後のブラジル対オーストラリア戦を観戦する人でにぎわっている。ニュンベルグソーセージの老舗に行きソーセージと骨付きポーク、ビール。食べ物がとにかくうまい。コンパクトで美しい街並みの中にアイスポットとなる大きな教会、広場。あまり知らなかったけれどとても魅力的な旧市街だと感じる。

 帰りのドイツ鉄道、大半が日本人。フランクフルトまで自分の席を探してさまよう人、通路に座り込む人。なんとか適当に座ってフランクフルトへ移動する。フランクフルト到着は23時過ぎ。

 6/19 帰途
 朝11時にフランクフルトを発つ。もう一人は13時と少し時間があるのでフランクフルト駅で解散する。フランクフルト市街散策してリンゴ酒を飲むと意気込んで出掛けていったものの、結局は開店時間が遅く諦めた模様。
 一足先にウイーンへ。その足でプリシュティナへ。
 夕方4時には自宅到着、ドイツも近い。

Abstract-27; Gelsenkirchen and Koln

6/16 アルゼンチン対セルビアモンテネグロ
 C組第2戦、決勝リーグへの途が見える試合。
 フランクフルトに宿泊、朝起きて電車の時間など考慮した結果、まずはケルンスタジアムに行って、チェコ対ガーナ戦のチケットを発行してもらうことにする。フランクフルトスタジアムでチケット発行してもらおうと考えていたものの、チケットセンターが開くのが11時、それまでに少しでも北に移動しておかないと15時からの試合に間に合わない。
 ドイツ鉄道ICEでケルンへ。
 ケルン駅、10年前に来て以来、駅に近づくにつれて見えるケルン大聖堂が懐かしい。
 意外とスタジアムへのアクセスが悪い。ドイツ鉄道にトラムを乗り継いでスタジアムへ。当日チケットがあれば追加で試合見ようかと思ったものの、ネット予約のみで当日券販売はしていない。
 チェコ対ガーナ戦のチケットを発行する。
 その足で急いでゲルセンキルヘンヘ。わかりやすいアルゼンチンファンのグループを見つける。「試合見に行くの?」とたずねれば「そうだよ」とのこと。「じゃ、ついていくよ」。
 ゲルセンキルヘンの駅からもトラム。車内は大量のアルゼンチンファンとセルビアモンテネグロファン。外を走るバスも車ももうお祭り騒ぎ。国旗が舞う。
 スタジアム外ではチケット求むの紙を持った人々。取材者。
 手荷物検査、チケットチェックをしてギリギリ試合に間に合う、すごい迫力。
 フットボールスタジアムの設計は非常に巧みで、かなり上からも選手がよく見える。
 リケルメ、クレスポも絶好調。途中からピッチに入ったメッシもうまいのなんの。

 この試合はいわゆるアルゼンチン祭り。セルビアモンテネグロには途中退場者もでて、結果は6対0でアルゼンチンの勝利。美しいゲームだったけれど、少しワンサイドだったことと、セルビアモンテネグロのゴールが見られなかったのが悔やまれる。
 双眼鏡で見ていたら隣のドイツ人が貸してくれって。みなアルゼンチンを応援。ウエーブの嵐。
 双眼鏡でマラドーナ見つけた。をー、いるいる。踊ってるよ。
 スタジアムであった日本人からボンにある日本チームキャンプ地情報を得る。
 試合終わってケルンに戻る。日本から急遽参加を決めたもう1名と合流、とにかく携帯がつながらないが、ケルン大聖堂前ということで見つけた。
 ケルンの町、夜10時ごろまで明るい。お祭り騒ぎの町を歩いて食べて宿に移動。

6/17 チェコ対ガーナ戦
 午前中隣町のボンに出かける。旧西ドイツの首都でベートーベンの出生地。
 日本チームキャンプ地へいく。今日はもうニュンベルグに移動したのだろう、静かなスタジアム。
ボンを散策して昼食、ボンの地ビールを飲んでケルンに戻る。
 チェコ対ガーナ、カテゴリー1でとても見やすい席、真っ赤なチェコの応援団、地鳴りのする声援。
 試合展開はガーナ優勢、チェコのロシツキーの活躍を楽しみにするものの、不完全燃焼。スタジアムはウエーブの嵐、これがヨーロッパで行われるワールドカップか、とその迫力に驚く。
 最後まであきらめないチェコ応援団、ガーナ応援団の陽気な踊り。
 レベルの高い試合、見ていて一つ一つのプレイがとても面白い。
 結局2対0でガーナが勝利。

 夜はビールに牛のカツレツ。普段食べないほど食べている。食べ物がおいしい。

Abstract-26; Round table meeting

6/14 市民活動団体のための会議(Round table meeting)
 プリシュティナグランドホテルにて、会議室に四角に並べられた机、マイク、翻訳機。UN-HABITAT、ATRC(Advocacy Training and Resource Center)、コソボ中央政府による会議が開催された。
 題目は「計画決定プロセスにおける市民活動団体の参加の意義と重要性について」。
 環境都市計画大臣、HABITATのチーフ・エリザベットの挨拶により会議が始まる。過去に市民活動団体がこうした会議に呼ばれたことがないようで、それを喜ぶ声と、この会議自体がどういう意味を持っているのかが不明確であるという声も上がる。女性による活動団体は、いかに市民の声が届いていないかを説明する。また、数多くある市民活動団体に声が届いているのか、などその代表性についても議論となる。
 実際には市プランナーも参加すべきであるとのアイダの提案により、プロジェクトが進行している自治体に声をかける。フェリザイからはCEOとプランナー数名が参加。
 議論を始めることは大事であるが、この議論がどこへ行くのか、どうフォローアップされるのか大いに疑問が残る。フェリザイ市については状況把握を含めて、われわれが対応したほうがよさそうであると感じる。もちろんそうすれば、HABITAT担当者も楽だろう。実際は動き出すまで待っていられない、計画策定が進んでいるので、そこになんとか元気のよい活動団体を絡ませていくのは自治体にとってもプラスになるだろう。
 権利主張団体でないものであれば、であるが。

 今週、国際プランナーが現在のコソボHABITAT運営者の対応の悪さに対して改善要望を提出した。その内容について議論したいとのことで会議。
 やってくれ、というのではなく、ちゃんと仕切ってくれ。できるかできないか要望をひとつずつはっきりしてほしい。と伝える。
 要領を得ないこともたくさんあるが、頼んでも対応が期待できそうもない部分は適当なところで鞘に収めることにした。

 6/16 ドイツへ
 スタッフミーティングの日程がコロコロ変わる。今日夕方にはプリシュティナ空港に行かなければならないので、今回のミーティングはアイダに任せて、フェリザイ市オフィスで仕事をする。
 その後、空港にむかう。オーストリア空港のマイルを貯めてもらいチェックイン。
 プリシュティナ16:40発ーウイーン18:45着
 ウイーン19:45発ーフランクフルト21:20着
 2ヶ月ぶりに資本主義、経済活動の活発な都市に立つ、何もかもが輝いて見える。
 やはりミッションエリアにいるのだな、と痛感する。
 フランクフルトの街はすでにW杯ムード。到着は夜であるがまだ多少明るい。
 荷物をホテルに置いて、ご飯を食べに出る。ライン川沿いに歩く、河川沿いもとても美しく修景されており、公園として気持ちがよい。車椅子の2人が並んで散歩している姿は、この国が自由で住みやすい国であることを物語っているように見えた。
 ドイツ料理のお店を見つけて、おすすめを頼む。骨付き豚肉グリルがでてきた。しかしやわらかくておいしい。こういうのは得意ではないが思わずマスタードたくさんつけてほおばる。

 ビールがうまい、のなんの。

 広場に面するお店、今日のイングランドの勝利を称えてサポーターが大盛り上がり、向かいのパブでは机の上に乗ったサポーターの歌がこだましている。

 川に大きなオーロラビジョンがあり試合を放送している。この周りも大盛り上がり。
 スウェーデンjが勝利したとたん、また大歓声。
 
 ドイツ滞在は楽しめそうである。

Abstract-25; Japan in Blue

6/12 日本初戦
 今日は月曜日、現地時間15時から日本対オーストラリア。
 仕事は早々に切り上げて、試合観戦する。
 スポーツカフェにいるアルバニア人、隣に座った人が「日本人?」と聞く。もちろん!
 彼は日本対オーストラリア1対0でオーストラリアに賭けていた、駄目だよそりゃ、というと確かにと笑っていた。一緒に観戦、ビールなんて飲んでいられない、頑張れ日本!
 見慣れた選手達、世界の舞台。日本の代表として良いプレイを!

 しかし早々から動きが悪い、パスミスもトラップミスも多く、いままで見た試合のなかでもっとも悪い。しかもワールドカップの試合のなかでも最悪。セルビアモンテネグロより悪い。見ていて、思わずため息、日本のレベルはこんなに低かったかな?と。もう少し良かったと思うけどな。
 ラッキーなゴールで先制。高原のキーパーチャージだね本当は。

 その後も攻撃的なオーストラリアに防戦一方。先制しているのに勝っている気がしない。なんでもいいどんなかたちでもいい勝ちたい。 しかし勝てるチームの動きではなかった。後半に同点ゴールを許すとそのままたたみかけられて気づけば3対1。選手の気持ちも切れていた。

 最悪の試合にガックリ、体調不良だったこともあり頭痛がする。
 今日は夕方からアルバニア語のクラス、気合いでなんとか参加するも終わったらそのまま寝る。
 心底沈んだ。負けてもほめられる試合があるが、とうていそんな試合ではなかった。
 今日はチェコの試合イタリアの試合も見たかったけど憔悴してそんな気になれない。

 観戦するクロアチア戦、とにかく良いプレイが見たい。フットボールファンとしてそう思う。
 
 そして友人の一言「サムライブルーっていうか、日本中がブルーじゃない、。」
 シニカルなこと言うね、あなたは、。


 6/13 体調不良
 先週金曜日、突然の雨で体中塗れる。帰ってすぐシャワーあびるも、どうやら風邪引いたらしい。ここのところ風邪薬を飲んでいるが、ワールドカップ日本が惨敗したのをきっかけに体調不良が加速。
 仕事が終わってワールドカップもみないで寝る。

Abstract-24; Civil Society Meeting

6/8 シビルソサエティとのミーティング
 HABITATのガバナンスチーム(地域自治)がフェリザイでミーティングを設定。地域の市民活動組織への声かけを行い、プラン策定プロセスでどのように意見を述べていくのか、どのような課題があるのかを話し合うものになるはずである。
 しかし、担当の段取りが悪く、議事次第の名前が間違っていたり、突然当日にフェリザイの状況を説明してほしいと言い出す始末。アイダはこの担当の女性二人があまり働いていないと腹を立てているし、当日に説明しろといわれても無理にきまっていると拒絶。
 会議の時間も昼を挟んで設定されている、昼食を出すわけでもない。あまりに段取りが悪い。
 
 ミーティング自体は散々であったが参加者に若者のNGOがいた。街の清掃や環境教育、鉄道の南北を繋ぐアイデアを市に提案したりしているとのこと。
 連作先を確認してまた後日ゆっくり話すことにする。
 
 6/9 ワールドカップ開幕
 確か混乱を避けてだったかと思うが、オープニングセレモニーは行われずしめやかに始まる。それでも試合場に多くの歴史的なプレイヤーがあつまった。
 開幕戦は地元ドイツとコスタリカ。
 衛星放送でチャンネルを探すもみつからず。仕方がないから外にでて放送しているお店を探すことに。
 近所にスポーツカフェ発見。液晶の大きな画面で放送している。ビールを注文して地元の人と観戦。
 初戦、ドイツは危なげなく勝利。
 ワールドカップ試合観戦前に、試合を見るチームの仕上がり具合をチェックしないと。この週末はとにかくワールドカップ観戦になる。
 CNNでも試合結果を熱く説明している。
 しばらくは世界中ワールドカップに熱中するでしょう。どんなに貧しい国も、豊かな国もとにかく、国の威信をかけて戦う。毎回試合のレベルが上がっているように感じる。

 6/10 イングランド初戦
 今日は15時からイングランド対パラグアイ戦を見る。イングランドは久々にタレントが揃っており、優勝をねらう意気込み。しかし動きが悪い。なんとか勝ったものの不安が残る。ルーニーは足のケガもあり温存。後日談では、あまりの暑さに動きが悪かったとのこと。
 一日に3試合が行われる。さすがに2時間×3試合=6時間スポーツカフェにいるのも疲れる。
 今日は、スウェーデン対トリニダードトバコ戦は見ないで、実際に見に行くアルゼンチンの動きをチェックする。相手はコートジボワール。
 アルゼンチンはゆっくりと確実に相手を追い込んでいくスタイル。それに対してコートジボワールは選手の動きが早い、身体能力が高い!アルゼンチンが押されている。
 しかし、経験と組織力の差。チーターを土着民族が追い込んで仕留めるような試合運び。
 アルゼンチンは、強い。試合観戦が楽しみ。

 6/11 セルビア・モンテネグロ初戦
 日曜日、今日も3試合あるなかで、セルビアモンテネグロ対オランダをスポーツカフェで見る。
 オランダの組織だった軽快な動き、ロッベンの走り出しとプレイが光る。オランダも強い!
 それに対して、選手が交錯したり、荒いプレイの目立つセルビアモンテネグロ。最初で最後のワールドカップ、次回はセルビアとして出場するのか。とにかく最後の雄志をみておきたい。
 アルゼンチンとの試合、勝てなくとも、得点シーンを見たい。
 この試合得点できずにオランダに負ける。カフェで試合を見ているアルバニア人はオランダのゴールに狂喜乱舞。セルビアモンテネグロが負けることを喜んでいる。
 夜は自宅でアンゴラ対ポルトガル戦。ポルトガル頑張れ!

Abstract-23; Consultants from Germany

6/5 テーマ別検討グループ  
 フェリザイ市のディベロップメントプラン(Municipal Development Plan/Urban Development plan)策定にむけて、4つのテーマ検討グループ、議会のプランニングチーム、市プランニングチームが組織されているが、個別に活動が行われていない。
 HABITATがメンバー招集してミーティングを始めていかないとなにも始まらない。  今回はテーマ別検討グループを招集。人口・住宅・文化を扱う社会科学系グループ、自然環境グループ、経済・開発グループ、都市基盤グループの4グループを2回に分けて集めて、現在のフェリザイの状況に関するデータ分析を行うことを説明する。  

1グループ15名前後のスタッフが参加するはずが約半数。  

 趣旨を説明、すると「この作業は通常業務外になる。追加分の給与は支払われるべきだ」という議論になる。  
 実際に公務員の給与は非常に低い、しかしこれはコソボの状況のみならず、マケドニアでも同じ状況である。確かにどうやって暮らしていけるのかと考えるが、物価も安いし、自己建設で住宅を所有しているとすれば、衣食には足るかもしれない。もちろん気軽に外食できる水準の給与ではない。  だからといって、仕事の度に給与を増やしてもらうという発想は理解しがたい。残業という概念なのかもしれないが、普段の仕事をこなす量も少ないように感じる。給与への不満、仕事への熱意の少なさ、サービス水準の低下、と社会全体がマイナスのスパイラルに陥っている感がある。  アイダは食傷気味、頭にきてCEOに説明に行くことにする。  
 
 ムスタファとアイダはこうした人とは違った感性であることが、本当に救いである。  
 
 6/6 フェリザイにて
 特に大きな変化もなし。昨日の仕事の疲れを引きずりながらのんびりと仕事をこなす。

6/7 ドイツの都市計画コンサルタント
 自治体のテーマ別検討グループが提出した各データを用いてINTECHという都市計画コンサルタントが分析とモデルプランのプレゼンを行った。
 コンサルタントは数社のベンチャーとなっている。最近やっと構造を理解したが、INTECHというコンサルタントは実はコソボのコンサルタント会社である。
 社長はドイツでプランニングをしていた経験があり、数年前まで中央政府の住宅系の大臣をしていた人物。彼が起業して仕事を請け負い、ドイツのコンサルタント数社と契約してプロジェクトを進めている。この会社はフェリザイのみならず、ジラン、ジャコバのプラン策定のコンサルタントもしている。
 随分不透明な契約だと感じる。
 
 今回はドイツから2名のプランナーが参加、あとは社長とアルバニア人のスタッフ。前回のミーティングはミトロビッッアでのスタッフミーティングと重なり、アイダのみが参加。その席で散々彼女が文句を言って場が凍り付いてしまったと聞いている。彼女は今回はあまり話したくないとのこと。

 ドイツ人のコンサルタントが説明。現状、コソボ広域都市計画との連携、4タイプのモデル計画。

 一通り終わったところで、言うべきことをコメント。
 「4つのモデルプラン、推奨する1つのプランについて、個人的には色々な意見がある。ある部分では賛同できるし、またある部分では賛同しかねるものであるが、この場で個人的な意見を議論することは差し控えたいと思う。
 マスタープランを検討するうえで、説明して頂いたように非常に多岐にわたった分野をフォローしなければならない。しかし、一度にこれを進めるのは非常に困難なので、もっとも重要な議論になると思われる都市基盤(道路交通)と環境についてまず議論できないか。
 道路について言えば、たとえば、環状道路整備の提案をしてもらったが、これを行う場合に、土地の取得、住宅の除却、整備費などの財政投資とこれにより解消される問題についてわかりやすく数字を含めて説明できないか。また、道路基盤整備により与える交通・環境への影響評価も必要である。もちろんこれが難しいことは承知しているが、概要でもよいからなにか提供してもらえないと、市職員がこの計画の善し悪しについて判断できない。HABITATも連携して策定支援する。」

 するとボスが一生懸命影響や効果を「道路ができると混雑解消になる…」などといった一般的な回答を延々と続ける。

「一般的な内容ではなくて、納得いく根拠がほしい。というのも、実は市北側にバイパスをつくることをCEOが考えている。ご存じですか?これは私見なので聞き流して頂きたいが、それが最良のプランであるか疑問がある。
 こういうプランと比較して、今回の提案がどのようなメリットがあり、その経済効果、整備効果の特徴は何か。説明できないと、実際に動いているプロジェクトが計画と連動してこない。」

 ということを説明。ドイツのコンサルタントの人は理解してくれたようである。
 
 休憩時間、社長が僕のところへ来て「日本人なんですか!?、私は神戸大学にいたことがあるんです、」とにこやかに流ちょうな日本語で話しかけてくる。

 日本人とわかると物事がスムーズに展開することが多い。先人達が多くの支援をしてきたことが結実しているからだと感じる。
 フェリザイ駅前の大きな小学校も日本の支援で建設されている。
 先人達に恥じぬようにしないと、ここに日本人ありって感じで。

 午後はドイツのコンサルタントと一緒に現地見学する。

 

Tuesday, June 06, 2006

Abstract-22; Exhibition of Spatial planning of Kosovo

6/2 Kosovo Spatial Plan の縦覧最終日
 約1週間に渡りフェリザイで縦覧されたコソボ広域都市計画の最終日、公聴会が開催された。主催は中央政府直属のプランニング研究機関、HABITATと同じ建物にいるスタッフが解説する。
 市長の挨拶で公聴会が開催される。広域都市計画プラン、公聴会が行われるのは今回が初めてである。テレビでの公告も行っているが、市民の興味はまだ充分なものとは言い難い。
 当日もTV局が3局入る。
 プラン自体もまだ十分なものとは言い難く、実現可能性の低いハイウエイやエネルギーインフラなどが明示されている。全体方針的なものであるため、表現も抽象的なものも多い。
 市民による質問、やはり様々な意見が出てくる。多くは社会福祉系の不備を訴えるものが多い。ユーゴスラビア時代に払った税金に対して得られる年金の少なさ、高齢者が見捨てられている現状。
 街の樹木伐採を止めるよう訴えるもの、学校教育の不備等々。
 高校生ぐらいの若者も意見を述べる。道路の危険性や都市インフラの不備など、的確な指摘。
 若者が主体となったNGOがいくつか市内で活動しているようである。
 
 公聴会は時間が経てば経つほど参加者、特に市職員の落ち着きがなくなり出入りが激しくなる。最後には五月雨式に人が減っていく。
 都市計画法に基づく手続きであるが、今までにないプラン策定過程での市民参加、透明性の確保。充実・定着するには時間がかかりそうである。
 欧米諸国のように、プランが実生活に影響与えるものにならなければ(たとえば、土地利用規制の根拠になったり、インフラ整備の根拠になるなど)市民が真剣に参加するのは難しい。これは現在日本の都市計画マスタープランが抱えている問題と同じである。

 記録のためムスタファに公聴会の撮影の頼む。しかし慣れていないため、写真がいまいち。

 6/3 気分転換にスコピエへ
 JICAスコピエで活動している方々と連絡が取れる。買い物ついでにお茶をすることに。
 朝6:20分の電車に乗ってマケドニアのスコピエへ。周辺諸国旅行用のガイドブックと自転車乗っている時の埃除けのためのサングラスを探しに出掛ける。
 JICAで活動している方、日本から技術支援に来ているコンサルタントの方にあう。上下水インフラ整備などをされているようである。
 コソボでの支援もある?と聞いてみたが、まだその位置づけが曖昧なうちは日本政府の支援も入らないと思うとのこと。残念。
 また、スコピエのオペラで指揮をしている日本の方にも会う。
 マケドニア人の意欲が充分でないことを嘆く。社会主義がもたらした課題は、未だ強く残っているようである。それとも日本人がせっかちなのか。
 サングラスもお手頃のものを見つけ、スペインの旅行本を買う。あとはワールドカップ情報誌!これがなかなか面白い。海外からみた日本とFグループの評価、帰りの電車はこの雑誌を読みふける。

 6/4 日本対マルタ戦
 ワールドカップ最終調整戦。 案の定テレビ、どのチャンネルでやっているかわからない。調整だし日本戦だからやっていないのかもしれない。
 スカイプ(パソコンのTV電話)で日本と繋ぐ。川島家TVにむかってパソコンのカメラが向けられる。それをコソボのパソコンから見る。まるでパソコンがテレビを見ているように見えるだろう。
 川島母に爆笑される。しかも向こう側にこちらの状況が映るのも忘れて、ポテチをバリバリ食べながらビール飲んで観戦。ついでに大学後輩にもらった日本のユニフォームを着る。
 「ポテトチップスたべてるよー」と日本では動物園のアライグマでもみるかのような盛り上がりがあったようである。

 日本はといえば、しまりのない試合。不安を残したままワールドカップへ。

Abstract-21; HABITAT meeting in Ferizaj

 6/1 チームミーティング in フェリザイ
 月曜日に始まった市議会がまだ終わらず継続中。急遽CEOが参加できないという事態になりそうであったが、議会の時間を午後に変更してくれたようで、市長、CEOまで参加する大規模なミーティングとなった。主な部局の部長、都市部局のスタッフとHABITATスタッフが参加。午前中の会議では、市長が挨拶、CEOがコメント、用意したプレゼンテーションをムスタファが解説する。
 今回のプレゼンテーションを市長、CEOが見て、またその解説を市職員が行うことには大きな意味がある。今回のミーティングは市自らがこれからの政策を考える姿勢を示す重要な機会となった。
 ムスタファの解説も適切でわかりやすい。普段は全通訳がないものの、今日は通訳があるので彼の意見が良くわかった。
 後日談、市長もCEOも満足した、とのこと。

 午後は場所を移してHABITATスタッフ+ムスタファでミーティング。今後の進め方など。おすすめのお店でマスのグリルを食べる。普段は、昼食にピザにヨーグルト、アイダはスープをオフィスで食べる程度なので、非常に贅沢な昼食である。
 その後、現地案内。過去に教育部局部長に提案した、子供に将来のフェリザイについて絵を描いてもらうものが実現して展示されているのでこれを見学する。
 スーパーバイザーのフランクがプレゼンを気に入る。個人的には、内容よりも、自治体プランナーが自分の考えを表現したことが特に重要だと感じる。
 皆、満足とのことで、一安心。
 最後にCEOが考えているバイパス建設予定地へ、あまり良い計画だとは思えない。これを他のプラント比較して、財政面、環境面でのインパクトを説明する必要がありそうである。

Monday, June 05, 2006

Abstract-20; Hair cut in UNMIK

5/27 髪を切る
 さすがにそろそろ髪を切らないとうっとおしい。街中至る所に床屋があるのだけれど、やっぱり勇気がいる。外国で暮らして行くのを躊躇するのは医者、歯医者、床屋といったところだろうか。まだプリシュティナは英語が通じるかもしれないが、あまりあてにならない。アパートのすぐ前にも床屋があるが、いや、今回はUNMIKのなかのお店決める。
 UNMIKには様々な外国製品がある、普段は面倒なので買いに行かないが、どうしても食べたいものがあればそこで手に入る。最近はタコスのソフトシェルとタコソースを購入した。炊飯器も売っていた。
 こちらでもモンテネグロ米が手にはいるので普段は飯ごうでご飯を炊いている(お焦げ部分を焼きおにぎりにすると美味しい)。だから炊飯器は買わない。

 散髪もそこにある。行ってみると、誰か先客がいた。5分待って、とのことなので少し待つ。
 ん、おばさんは地元の人?じゃ、街中で散髪するのと一緒か、まあいいや。
 「あまり短すぎない感じでお願い、あ、その写真の感じでいいや」
 「OK!」
 という感じ。ばっさばっさと切り始める。散髪でバリカンを使われたのは、確か高校生の頃以来ではないだろうか、どんどん切る。
 で10分もしないうちに終了、おー、短い。とりとめもない会話をしながらだったのであっという間に終わった。人生最速の散髪。
 で、おばさん最後に一言。
 「随分長い間髪を切っていなかったのね、ほら、こんなに!」

 いや、そうでもないですよ?思わず苦笑い。
 
 しかしさっぱりした。日本ならこんなに切らないだろな。

 ついでにサングラスを探しに行く。自転車で街を走ると埃っぽくて目にゴミが入って仕方がない。
 この日はアディダスのサングラスをみたが、高かったので中止。

 5/28 普通の休日
 朝のんびりと起きてご飯を作る。部屋の掃除や洗濯など普通の休みをすごす。まとめて備忘録をつけたり、CNNニュースやBBCを見る。
 しかし衛星放送の調子が悪い。この国はどの部屋にも衛星放送があり、街並みとしては美しくない。せめて建物で統一して一つのパラボラアンテナにすべきだと思うが。
 衛星放送の調子が悪いので大家さんに相談、一生懸命調整してくれるがうまくいかず、ついには自宅(上の階)のデジタル衛星と交換してくれる。この国は大家さんがとても親切。日本では契約、解約時に気持ちの良い思いをしたことがない。
 衛星放送も映りがよくなりワールドカップが楽しみであるが、チャンネルが多くしかも映らないのも多い、番組表もなくドイツの衛星放送を勝手に見ている(コソボでは一般的)。
 試合放送みつかるかは不明。

 5/29 プレゼンテーション用意
 ムスタファとアイダと先週現地調査に行った場所の写真を整理し、航空写真、コンサルが用意した広域情報や人口、民族構成のデータを編成してパワーポイントのプレゼンを作成。
 この仕事は、すべてをプロとして行ってしまってはいけない。自治体プランナーのトレーニングもしなければならない。
 そのため、まず自治体プランナーのムスタファが説明したい場所(フェリザイの紹介すべき場所、課題となる場所)を案内してもらった。あとは駅周辺などの写真を追加。
 それを用いて、構成案をつくり、3人で議論。ムスタファが「君の意見を聴く方が皆興味深いと思う」と言うが、それは別のミーティングとして、HABITATとしては自治体プランナーの問題意識、今後の方向性などを説明してほしいと話す。彼は優秀なので、経験がないものの、適切にコメントを作成する。あとは彼が作成したフェリザイの歴史を示す資料を追加。
 用意していなかった観光に関する説明がほしいとのこと、3人で議論して追加する。
 この作業を何度か繰り返し、3日間かけてプレゼンテーションを用意した。多くの自治体職員は給与体系に不満を持っておりなかなか仕事をしないなか、優秀で機動力のあるプランナーが仲間にいることはとても幸せだと感じる。
 夜はアルバニア語レッスン(月、木)。頭痛のため今日は終わったらまっすぐ帰るぞと思っていたけれど、終わるとある意味変な興奮状態で、落ち着かせるために、エリックと二人で1杯だけビールを飲みに行く。

 5/30 プレゼン用意2
 昨日の続きでムスタファ、アイダと3人で議論。
 一生懸命考えることができるのは、とても楽しい。
 アルバニア語で会話を始める。アルバニア語を話す日本人がいると、皆興味津々。
 現在もそうであるが一日に十人以上と握手して挨拶している。
 
 Miredite Si je? A je Mire? Po! shume mire feremnderit. Po ti?
A je i lodhur? jo-

 なんて感じです。むしろ英語をブラッシュアップする時間がほしい。
 
 相手の文化を尊重する、言葉を覚えることが与える影響は大きい。
 相手を理解しようとする努力は、ちゃんと伝わる。
 アルバニア語はそんなに世界で使えるわけではないけれど、頑張ろう。
 むしろフランス語でも覚えたいところだけど。

5/31 フェリザイVSプリシュティナ
 今日もプレゼンの用意、明日はスタッフミーティングinフェリザイ。
 フェリザイのスタジアム(というよりグラウンドという表現が適切)を訪れた時に、今日夕方からサッカーの試合があると聞いていたので観戦に行く。仕事のうち。
 16時からとのこと、16:30頃グラウンドについたら、まだ練習していた。入場料は1ユーロ、小学校が隣にあり、子供もたくさん観戦している。
 審判や選手がフレンドリーに会話しており、プロリーグというよりは社会人リーグのような雰囲気である。コソボで一番人気があるのはバスケ。サッカーは皆観戦するのが好きだが、リーグのレベルは低い。同じユーゴスラビアとは思えない。
 練習でゴールにシュートするもののとんだ的はずれ。さすがにプリシュティナのチームのほうが強く、フェリザイは2-0で負ける。
 フェリザイチームは自治体が支援しているとのこと。1ユーロで観客も百数十人。とても経営がなりたたないし、経済効果もない。もちろんスポンサーがつく状況にはない。
 しかし、子供達は目を輝かせてゲームを見ていた。

Saturday, May 27, 2006

Abstract-19; Shquip ? ska problem

5/25 アルバニア語レッスン
 今日は公図セクション部長とミーティング。最新の公図は1999年セルビア人が難民としてコソボを離れる際に、プランナーがデータを持ち去ってしまったと説明される。事実関係は不明だが、1970年代の公図に修正を加えながら使用していることは確かである。公図は日本のものとほとんど同じ。実際には、2003年にスイスの支援を受けて航空写真が撮影され、それがAutophotoで見ることができるようになっている。これにHABITATの過去のプロジェクトで公図のデジタル化が行われ、航空写真と公図がパソコン上で重ねて表示できるようになっている。日本の公図事情について説明をする。
 また、実際に道路があるのに分筆されていない土地もある、これも日本の私道と同じく、公共物として扱われている。
 その後財政部長とミーティング。来年度の予算編成について確認。予算は財政部局が中心となり各部局部長に必要予算を打診。これを受けて予算案を作成しCEOと議論。予算案の説明会が開催され市民がその場に参加して意見を述べることができる。最終的には議会と市長により可決されるとのこと。来年度の都市計画関連予算が計上されているのを確認する。
 更にコミュニティ関連部長とミーティング。エスニックマイノリティ(少数民族)に対する対応。特にセルビア人、ロマ(ジプシー)の居住対策や意見聴取について協力を得る。
 現在、帰還プロジェクトとして、セルビア人村落の住宅再建が進められている。スタッフが皆アルバニア系市民なので、その他の民族への対応は非常に重要な課題となる。
  この後に、初のアルバニア語レッスン。
 教師はなんとほとんど英語を話さない。というか話せない?
 かなり上級クラスの授業、これは大変、。エリックと二人で参加する。その他UNDPのスタッフ数名が参加している。ま、やってみましょう、。
 1時間の授業、エリックと二人、終わったらビール飲んで頭を休めずにはいられない。
 いやー、大変だと大笑いする。
 ビールを飲んでいたカフェでなかなか良いスパニッシュブルースが流れている。エリックはバレンシアで建築を学んでいたことがあるので、これがESTOPAだと紹介してくれる。
と盛り上がっていると、店員が「二人ともスペイン出身?」とにこやかにテーブルに来る。違いますよ、。
 「気に入った?なんならこれコピーしてあげるよ。USB持ってる?」
 違法コピー大国。カフェで無料でESTOPAゲット。

5/26 UNMIKでセキュリティブリーフィング
 コソボ入りして2ヶ月が経とうとする今頃やっとブリーフィングを受けることになる。もう安全だしどっちでもいいんだけどな、と思いつつも安全のため参加。
 各国際機関で働き始めた人が参加。昨年夏にUNMIK自動車が燃やされた、など、危険な情報を得る。ブリーフィング受けない方がよかったんじゃない?
 実際一番危険なのはUNMIKの本部じゃないか?外で普通に暮らしているには問題はないというのが皆の意見。
 とにかく注意するに越したことはない。
 ローカルスタッフのアイダに説明すると「国連のミッションエリアで世界一安全だと思うけど?危険感じる?」。 まぁとにかく気をつけましょう。
 来る前はとても人を呼べるとは思わなかったけれど、遊びに来たい人がいれば、寝る場所は提供できます。我がアパートには国際スタッフも良く泊まりに来ているので宿泊設備は充実しているので。

 午後はフェリザイへ。来週HABITATオールプランニングチームが来るので、プレゼンテーション用の資料作成のため現地調査にムスタファと出掛ける。運転手付きの公用車を用意されるのはよいが、運転手は早く帰りたいらしく急ぐので少々苦笑い。

Abstract-18; Meeting with CEO

5/22 ディレクターミーティング
 毎週月曜日、CEOが中心となり各部局の部長が集まりミーティングが行われる。総勢20名程度。
 今回はHABITATの活動目的、今までの取り組み状況、自治体のプランニングチーム(Municipal Planning Team; MPT)の必要性をパワーポイントを使いプレゼンテーション。
 CEOがMPTの必要性を強調、良い計画を作れるのは市民、その意向を汲み上げてプランを作る必要があると、各部長に力説する。MPTの設置とその方法について議論がなされる。
 フェリザイオフィスのデスクに戻る。いつも掃除してくれるおばさんが、今日はいつもに増してノリが良い。キーボードまで拭いてくれるのはいいんだけれど、そんなに拭かれると、パソコンの書類にどんどん謎の文字が書き込まれていく、。 ファイルは消さないで、。
 
 5/23 CEOミーティング+Public Transportに関する特別部会
スーパーバイザーのフランク、交通計画専門家のグンナーをCEOに紹介する。フェリザイでHABITATチームミーティングを行うこと、その際にプランニングの現状のプレゼンテーションをすることを依頼する。快諾。
 午後は公共交通に関する特別部会。現在フェリザイ市は中心部に鉄道駅(数本/日)とバスセンターがあるがその今後のあり方について議論が必要と判断し、部会を招集する。
交通警察、中央政府交通担当者、市都市計画関連部局とHABITATで会議を行う。コソボ鉄道、バス民間会社については声をかけたものの参加なし。次回は政府への要請をする必要がありそうである。
 旧社会主義が崩壊し、資本主義への途を歩みつつある現在、旧来は国有企業であったものがバラバラと民営化されている。バスもその一部であるが、このため運行スケジュール管理も民間任せとなっている。現在、バスセンターを郊外へ移転するという案があるが、公共交通を市街地から追い出して一般交通を容認するというのは、公共交通システムとして問題がある。
 鉄道駅とバスセンターの連携が可能であれば、将来的に市のメリットとなる。鉄道バス会社の連携、市によるペデストリアンデッキや道路のアンダーパスについて議論。
 また、すべての交通が市中心部に向かっており、バイパスや環状道路が整備されていない。今後の交通ネットワークのあり方をどうすべきか。
 課題山積、である。

 5/24  UNDP・HABITAT ミーティング
 午前中はUNDPでミーティング。現状においてサポート体制の不備がある部分について提案するとともに、解決策について検討。未だUN自動車が支給されない、新しいパソコンが届かない。セキュリティブリーフィングが行われていない、給与振り込みを自国の口座にできないか、などなど。
 とにかく段取りが悪いことと、手配から実現までに時間がかかる。気が長くなればいいが、時々ははっきりと文句をいわないと物事が進まない。
 アルバニア語の語学レッスンが受けられないかと相談する。UNDPスタッフと共同で週2回のクラスに参加できることになる。明日から早速参加することにする。
 午後はHABITATでミーティング。モザンビーク出身のスタッフが帰国することになったため、送別会をガルミアパークで行う。1999年、NATO空爆後から現地に入っているスタッフ、かれこれコソボに6年いたことになる。当時はとにかく何もなくて大変だったようである。皆でコソボの写真集に寄せ書きをかく。個人的には彼女はけがでしばらくコソボを離れていたため、会ったのはとても短い期間だが、なんともアフリカらしい明るい人柄。そのうちモザンビークに招待してくれるとか。

Abstract-17; Trekking in Peja Mountain

5/20 焼き魚定食
 ダルダニア地域は新興住宅地で高層住宅も多い地域である。そのため周辺には大きなスーパーなどが整っている。今日は久々に魚が食べたくなったので、バーベキューセットを購入することに決める。ちょっとしたグリルが9ユーロ、炭が5キロぐらいで3ユーロ、着火材少々。
 魚はプリシュティナで唯一の魚専門店に行く。基本的にはキロ単位で価格表示がある、平均1匹300グラムと考えれば間違いない。お店の人とグリルでおいしい魚を確認、BORAD?という鯛のような魚をチョイス、2匹購入で5ユーロ。内臓をその場で取ってもらう。
 アパートの小さなベランダにグリルをセッティングして調理。ついでにご飯を炊く、味噌汁をつくる。おモンテネグロ米は日本米と似た品種でふっくらしている。
 さすがに2匹は多いが、焼きながらビールのみながらのんびりと土曜の夜を過ごす。

5/21 ペーヤマウンテンへ
 正式な渓谷の名前を思い出せない。ペーヤ市街からタクシーで10分程のところにある渓谷をトレッキングしないか?とのコバの誘いに、国際スタッフがペーヤに集合する。
 ローカルスタッフとともに休日を過ごす、ということは今のところ公式行事でない限りない。ローカルスタッフはもちろん家族も子供もいるので、休日は家族サービス。
 ペーヤバスステーション近くのカフェ集合、シャムスが遅れる。今日の行程について、17時には帰りのバスが来るのでそれまでに戻ること、帰りのタクシー、迎えにきてもらうよう頼むことを決める。
 集合時間が10時。お昼は道中になるので、ランチにサンドウィッチを購入。水は既に確保済み。
 タクシーの運転手が英語もドイツ語も話せない。休日なので正規のメーター付きタクシーがいない、価格交渉難航。帰りもなんとか迎えに来てくれそう。
 渓谷入り口にレストラン、川沿いに山を歩く。今回のコースは途中から山中になり川や景色があまり見えない、歩きながら話しながら、写真を撮ったり、適当にランチ。山の間から見えるペーヤ市の市街はとてもよい景色。
 自然の山羊がいるようで、あちらこちらにフンがある。
 山のかなり上まで来ると景色が開ける。まだ名残雪がある。雪解け水に勢いのある小川、雪崩の跡が残る山肌、木がなぎ倒されている。
 さらに進むと、なんと雪解け水で道が冠水、先に進めない。自然そのものがそこにある、という風景を楽しむ。良い時間なので山を降りてペーヤビールで一息。
 休日らしい休日を満喫する。18時過ぎにはプリシュティナに戻る。

 この日、モンテネグロの独立投票が行われた。目標の55%をわずかに超える57%で独立が決まる
6年間の猶予期間を経ているため、緩やかに独立が進むことを祈る。今のところ大きな混乱はないが、地域境界の警備はかなり厳しくなっているようである。またこれがコソボ独立に与える影響も大きいと思われる。

Abstract-16; Brokeback Mountain

5/15 OSCEで映画鑑賞
 前にも少し書いたが、コソボでは正規の映画配給・上映が行われていない。映画館がプリシュティナにもあるが、そこで上映されているのは、隣国の映画館で上映されたのを館内で盗撮したものが堂々と上映されている。画面がずれる、ゆがんでいる、音声が悪い。
ちなみに一般に販売されているのも同様のコピー。ダヴィンチコードも早々に売っていました、2ユーロ。
 まともな映画はマケドニアスコピエに行くか、国連職員であればUNMIKかOSCEで平日ほぼ毎日上映されている映画を観ることができる。
 UNMIK等で上映されるものは最新の映画で2ユーロ。
 今日はフランクから電話あり、映画行かない?とのこと。どんな内容か聴いたら「カウボーイがホモになる映画、いやちょっといいかた悪いけど、去年の映画の中ではぴか一かもしれない」とのこと。
 マウンテンバイクで市街、OSCEビルへ。映画のタイトルはブロークバックマウンテン、確か日本も同じタイトルだったと思う。二人の男が山で羊の放牧、一冬を越える間の出来事。愛情と現実、人間のさまざまな割り切れない感情がとても心に響きます。
 フランクと二人で同性愛の映画、その後ビールを飲んで、ベルギーと日本の同性愛の現状について語る。日本でもある程度認知されてきているが、まだやはりカミングアウトは難しいと思うと説明。
 ベルギーでは法律上結婚は可能であるとか。
 良い映画です。ちょっと過激だなとも思いますが。
http://www.brokebackmountainmovie.com/

 5/16 ワークプラン作成
 自治体のMunicipal Development Plan(MDP) ,Urban Development Plan(UDP)策定のスケジュールを策定する。やることが多くてため息がでる。各自治体毎に状況も異なるので進め方も違うが、資料不足、情報不足を少しずつ補う必要がある。


 5/17 スタッフミーティング(本部)
 朝マウンテンバイクでプリシュティナのオフィスへ。各自治体のプロジェクト進捗状況、環境、自治体スタッフの能力などの確認が行われる。
 ミトロビッツァは相変わらずオフィスも未定のまま、プリズレンも自治体の反応が悪い。ジャコバは少しずつ動き始めた感あり、ペーヤはなんとか市民の意見を集めてプランに反映させるためのワークショップやフォーラムを企画。ジランは会議会議の毎日。
 フェリザイはというと、オフィスは整ってきている。担当の1人が能力が高く常に我々をフォローしてくれているが、プランニングチームはまだできていない。我々が自治体入りする前に組織されたプランニングユニットは活動休止中。各部局の部長に状況確認が終わりつつある。
 来週はCEO(Chief Executive Officer;自治体トップ、助役のこと)とミーティングをセッティングしプランニングチームの結成を依頼する。
 また、唯一鉄道が通っている街で、道路の問題もあるので交通のプロであるグンナーやその他のスタッフも加わり公共交通の特別ミーティングをフェリザイで設定することに決める。

 5/18 Spatial Planning of Kosovo の一般公開
 フェリザイ市の青少年センターでコソボ広域都市計画の一般公開が始まった。先日テレビニュースで取り上げられていたが、今日に限って言えば来ているのはフェリザイ自治体職員、近隣自治体職員のみである。それでも自治体職員でさえ中央政府のプランニングを知る重要な機会である。
 もっと良い場所があればよいのに、と思う。
 http://www.ks-gov.net/mmph/IPH/plani_hap.htm
 午後、人口統計についてのミーティングに参加、ドイツのコンサルタントINTECHが参加しているとのこと。コソボにはINTECHが中心となり4-5社の各部門専門のコンサルタント会社がベンチャーを組んで委託を受けている。
 今後の都市エリアを決定するために人口推計を行うが、どのデータを採用すべきか難しい。すべてのデータにかなり格差があり、OSCE調査、EU調査、UNMIK調査、自治体データなどなど、どれを信頼してよいか判断が必要となる。
 今日はドイツから1名、プリシュティナ事務所のローカルスタッフが2名参加。自治体が技術支援をするコンサルの意見を鵜呑みにしないで、現状に則したプランを提案できるよう、両者の間に入り、提案をしたり、調整をしたり。調査を依頼したりこちらで調査したりと、さまざまなスタンスで対応が求められるが、とにかくネットワークをつないで調整する仕組みつくりにまずはつとめる。
 会議後ドイツのプランナーと話をしたが、やっぱり話していて楽しい。

 5/19 事前にCEO訪問
 来週部長が集まるミーティングにCEOも参加しているのでその前でHABITATの役割とプランニングチームの必要性についてプレゼンする。事前にご挨拶。
 自治体の状況、部長たちが座っているだけで仕事をしないなど、辛らつな発言もある。しかしCEO自体は今回の我々の参加を歓迎。多忙ななか快く時間を作ってくれた。
 意外と若くて機動力のある人物、という印象。

Abstract-15; Ready to Worldcup in Germany

5/13 久々の休日
 まったく予定のない休日から1ヶ月遠ざかっていた。朝からダラダラと過ごす。しかし落ち着きない性分のため、洗濯を始めたら掃除などなど部屋を片づけ始める。
 大家のファーリさんが掃除もしてくれると言っていたのだが、常に誰かが部屋に入っているというのは落ち着かない。大家さんは気さくでやさしい人で、このアパートに決めた理由のひとつは彼の人柄にある。
 私のノートパソコン、VAIOの最新機種を購入してきたのに既にモニタが映らなくなる。外部モニタの中古を購入したいからと相談するとお店を案内してくれ、購入した中古のモニタを抱えて部屋まで運んでくれる。自分でやるからといっても、OKといってきかない。日本の賃貸大家とは大違い。
 ネットが開通してから、ワールドカップのオフィシャルページをチェック。チケットが販売になったら買おうと、チャレンジ。

  以下の試合を観戦することに決まる。
  6/16(金) セルビアモンテネグロ 対 アルゼンチン
  6/17(土) チェコ 対 ガーナ
  6/18(日) 日本 対 クロアチア


 セルビアモンテネグロは、コソボのローカルスタッフが聞いたら即倒するだろう、セルビアとの溝は深い。しかしコソボもこの国の一部であることは事実。旧ユーゴスラビアといえばサッカー大国、本当にタレント揃いであった。旧ユーゴ解体後、そワールドカップ予選通過した2国、セルビアモンテネグロとクロアチア。
 クロアチアは日本と対戦。両チームともに決勝リーグ行きを決めるに等しい試合になる。送別会で研究室の後輩にもらったレプリカユニフォームを着て参戦するか。
 セルビアモンテネグロはモンテネグロの独立決定により最後の試合になるかもしれない。強豪アルゼンチンとの試合も期待できそうである。
 チェコもスロバキアと分かれてから初参戦、ガーナはセルビアモンテネグロ出身の監督、アフリカでは奇跡を起す監督として知られている。戦地ルワンダでも手腕を振るってチームを構築している。

 こうしてヨーロッパ、アフリカ、中南米、中東の国々を考えてみると、なんと紛争の多いことか。世界はまったく平和ではない。こちらのテレビでは日々世界の紛争のニュースが飛び交っている。
 ソマリア、東ティモール、パレスチナ、パキスタンなど、。
 それでも、貧しい国も豊かな国も、世界中がサッカーで競い熱狂する。今年はその一人になれそうです。

 5/14 休日その2
  1994年ワールドカップアメリカ大会へ向けて、あと一歩のところでゴールを許したドーハの悲劇。夜中徹夜で共同住宅の設計図面を描きながら観戦、思わず落胆した。
 1998年フランス大会、日本ワールドカップ予選初通過。多くの日本人がフランスへ強行軍で行くもチケットがないなどトラブル続出。日本は予選にて惨敗、そのときにクロアチアにも負けている。
 日本ワールドカップ初ゴール、中山。
 2002年はワールドカップ日・韓同時開催。日本選手が世界のリーグでプレイするようになる。中田が日本のサッカーを世界に証明する。大会は開催国のため自動的に出場となるが、大健闘で1次リーグを突破、ベスト16入りを果たす。準決勝にまで進んだトルコに惜敗。
 自国開催にもかかわらずチケットがとれない、仕事が忙しい。東京都の地域危険度の調査でとにかく現地を歩き回る。そしてどうしても見たい試合は大画面のあるお店をチェックして休憩しながら観戦。イングランド対ブラジルの試合の興奮が忘れられない。
 
 こうして思い出すと、見に行きたいと思ってから12年、初観戦。そう思い出すと感慨深い。
 欲をいえばイングランドの試合が見たいが、今回は日程的に難しそう。

 次回開催は南アフリカか、。

Abstract-14; World Heritage in Macedonia

5/9 オフリドでスタッフミーティング
 HABITATチームは日曜夕方プリシュティナ発、木曜午後オフリドを発つスケジュールでRE-TREAT(研修)に来ている。RE-TREATとはどうやらクリスチャンの文化らしく、日本でいう学校の学外研修のようなものらしい。とりあえず、マケドニアのオフリドという湖畔の街のホテルに滞在する。
 湖をはさんで西側がアルバニアになり、国境は湖を通っている。国境警備船が浮かんでいる、ということはない。透明度の非常に高い、穏やかな場所であり、旧市街地が世界遺産に登録されている。
 今日は朝から早速ミーティング。前日はHABITATの歴史や今までの活動についての説明、ジェンダー(男女差別)問題についての議論があったようである。本日は現在のプロジェクトで到達すべき目標と手段について、その確認作業を行う。しかし、議論が詳細に入りすぎてなかなか進まない。
 お昼ご飯、コーヒーブレイクを挟みながら、国際スタッフのプレゼンが行われる。事前に準備のアポが充分なされていないので、内容はむしろ今までの経験と今日までのプロジェクトでのポイントについて話し合われる。
 今日はシャムス、シアン、コバが発表。
 夜は皆で市街へ外出してご飯。フランクとワインを共同注文、ついでにバルカンプレートという肉たっぷりのプレートも共同注文。
 皆で結構ワインを飲む、総勢20人前後のタチの悪い団体と化す。水の入ったグラスを回転させて水かこぼれないようにできるか、と、グラスを振り回す。アルコールランプは?それはやめよう。


5/10 プレゼンテーション
 今日も朝からミーティング、午後は見学、オフリドの南、スヴェティ・ナウムのナウム修道院とオフリド旧市街見学に出かけることにする。
 今日はエリックとフランクと私がプレゼン。
 どんなことを話したか、といえば
 「もともと建築が専門、学部当初はNYのマンハッタンのような建物を設計したかった。ヨーロッパ旅行をした際に、建物自体が最小限の大きさで作られて、外部の半公共空間や道路公園などの公共空間のコンテクストに調和がある。街全体として良い環境が作られていることに感嘆する。
 都市計画が非常に厳密に行われてきている。翻って日本の市街地を見ると、戦後の経済成長優先主義による急激な都市発展、スプロール、経済・政治圧力に都市計画が立ち向かえなかった結果、市街地には調和がなく、カオス的状況に陥っている。効率性重視によりコンクリートで固められた都市河川、空間不足による住宅狭小化、そのための半公共空間、公共空間の決定的不足。
 都市計画はシリアスな状況にあるが、経済圧力の安定化、参加のプランニングの一般化、市民による都市計画の認知、効率性から持続可能な都市へのシフトなど、状況は変わりつつある。しかし、既成市街地化してしまった現状でできることは限られている。
 コソボは今まさに戦後下の開発ブームにあり、市街地拡張、都市計画の欠如と規模は異なれどもわれわれが過去に経験した状況にある。EUのプランニングを取り入れていくならば、開発圧力へのエンカウンターとして環境・自然・サスティナブルを背景としたプランニングをすべきである。等々、、。」

 午後は湖畔の修道院。とにかく湖とその周辺の自然がとても静かで、美しい。皆でボートに乗りマケドニア語のガイドを通訳のフラマーが英語に翻訳。日本人顔負けの勢いで写真撮影大会。
 夕方からは旧市街を散策、オーソドックスがロシア方面に広がったのはここで修行した者が布教したという、由緒正しい場所とのこと。人と獣が戦うグラディエーターコロシアム跡、湖畔のオーソドックスチャーチが印象的である。バルカン半島の典型的建築様式である2階部分が突出する建物も多い。新しい建物も多くがそのように建てられている。

 5/11 プリシュティナへ(テトボ、ゴスティバ)
 最終日、午前研修を終えて車で帰途。マケドニアには2-4割のアルバニア人が住んでいる。特にコソボとの国境周辺にあるゴスティバやテトボはアルバニア人の街である。
 まずゴスティバに寄る、コソボと同じアルバニアの都市であるが、河川沿いがオープンスペースとなっており、緑豊かに修景されている。なんらかの参考になるだろうと、今後ゴスティバのプランナーとの交流も視野に入れる。
 テトボは情勢が不安定だとされている街である。小さくて古い、美しいモスクが市街地を流れる小川沿いにある。敬虔なムスリム教徒であることで知られているようで、確かに、多くの人々がモスクに出向いていた。
 山を越えコソボ国境へ、公言できない出来事があったことを、記録にとどめておく。

 5/12 フェリザイ復帰
 とにかく先週からずっと外出ばかりしていたので、くたびれている。ある程度仕事の段取りをするが、まぁ今日は、席に座っていることに慣れることにする。昔、「席に座っているのになれる時間も必要、といった横国大ドクターの先輩の言葉を思い出す。

Abstract-13; World Heritage in Montenegro and Croatia

5/4 プリズレンへ
 彼女にコソボ事情を紹介するため、朝バスに乗りプリズレンへ。歴史的市街地の状況、セルビア系市民居住地が焼き討ちにあったままの状況、オードドックス教会が崩壊して鉄条網に囲まれている状況。アルバニア系市民は何もなかったように今日も暮らしている。
 見学を済ませて、プリシュティナに戻る。夜8時にはバスステーションからモンテネグロ・ウルチン行きのバスに乗り、深夜バスの旅にでる。今回の目的地は世界遺産に登録されているクロアチアのドブロヴニク、モンテネグロのコトル。

 5/5 ドブロヴニク
 前回同様早朝にウルチンに到着。前回訪問でバス路線をチェックしてあり、そのままドブロヴニクに行けると把握していたが、予定は未定な国。今日のバスはコトルまでしか行かないそうだ。
 とりあえずバスにのりコトルまで向かう。モンテネグロのアドリア海沿いの風景は非常に美しい。
 コトルへ向かう風景、海沿いから一旦内陸に入り山がちな道を進む。視界が開けて内湾に向かって道が下っていく。内湾を囲むオレンジ色の屋根の市街地。穏やかな水面で、山に囲まれた静かな都市である。
 コトルバスステーションに到着。ドブロヴニクへのバスを探す。バスチケット売り場でバスを訪ねると午後しかないとのこと。
 すると後ろにいた体格の良い老人が、「15分もしたらバスが来る、私も乗っていくよ」と教えてくれる。バスの窓口の係員は自分の会社のバスの時間しか教えてくれないそうだ。なるほど、モンテネグロに来ていつもバスのスケジュールが違うのは、すべての時間を教えてくれないからだと理解する。
 更にチケットは窓口で買うよりもバスに乗って買う方が安いそうとのこと。窓口で手数料を取られる。全く持って不思議な仕組みである。公共交通機関とは言い難い。
 老人はコトルに住んでおり、娘がドブロヴニクにいるとのこと。銀行にいって今日戻るとのこと、我々も戻ってコトルに滞在する予定だったので、話を聞くと、帰りのバスが16時頃にあるらしい。とりあえず往復のチケットを買う。
 バスは適度に送れたものの到着、乗り込んでドブロヴニクに向かう。バスのなかで老人はコトルの街について詳しくレクチャーしてくれる。
 コトルの街、世界遺産に登録された旧市街の北側の山肌に城塞がある。これをライトアップして観光資源を支援したのが日本だということも聞かされる。
 クロアチアの国境を越える、とたんに景色が更に明るくなる。ドブロヴニク、アドリア海沿いの港湾都市で山肌を行くバスから見た景色はとても華やかなリゾート地。思わず、ここに滞在してのんびりするのも良いか、という気持ちになる。 アドリア海の真珠と呼ばれるのも理解できる。ヴェネチアと並ぶ都市国家であった面影を色濃く残している。
 旧市街から離れた場所にあるバスステーションに到着。帰り老人と戻るか悩む。帰るつもりでいるが、と答えて別れる。
 旧市街まで徒歩で向かう、割と距離がある。旧市街は城壁に囲まれたエリアで、紛争の際の戦災により市街地が破壊され一時世界遺産の消滅リスト入りしていた。現在は街並みが見事に修復されている。
 日本を離れて初めてシーフードを食べる。
 確かにクロアチアはヨーロッパ各国からアクセスが良く空港もあるので観光地化している。ゴールデンウイークであるため、日本のツアー客もたくさん訪れている。華やかで綺麗な街並みであるが、少々観光地化しすぎているきらいがある。
 食べられそうな魚、外国人が好きそうな大型魚がいる水族館があった。
 結局コトルに戻ることに決める。
 バスで老人とともに戻る、コトル市街に知人が経営するホテルがあるとのことで、紹介してもらうことにする。世界遺産に登録されている旧市街に入り、コーヒーをごちそうになる。旧市街入り口の小さな石造の時計台、とても可愛らしい。時計台の下に時計店があり、代々その家系が時計台を修復管理しているそうだ。スイスの皇帝の許可状が店の壁に静かに飾られている。
 ホテルマリアに宿泊、日暮れまで時間があるので街を散策、北の山肌の城塞に上る。結局上り下りに1時間半かかる。しかし、景色はとても良い。
 夜は旧市街を出て、内湾沿いのレストランへ。白魚、イカ、白ワインにオリーブを食べる。
 食後は旧市街に戻り、老人がもっとも美味しいケーキを出すと絶賛したお店でケーキにコーヒーを注文。

 5/6 コトル、ブダバ、バール旧市街、ウルチン→プリシュティナへ
 午前中、ホテルで朝食を取り、コトル市街を散策。コンパクトで、建物と建物が有機的に繋がっている。細い路地で街が構成されており、市街地の各所にある小さな広場に繋がる部分は道幅が狭くなっているようである。日本の茶室のように入り口を狭くして内部が広く感じるような仕組みかと感じる。路地がリズムを持ちながら広がったり狭まったりしているため、街並みも魅力的である。
 旧市街を出てバスステーションへ向かう。旧市街城壁の外側にマーケットがあり新鮮な魚や野菜、オリーブなどが売っている。アンコウが結構売られているのは驚きである。
 コトルからブダパへ。セントヘレンに寄り、バール旧市街へ。
 バール旧市街ではすでに夕方、子供たちが狭いスペースでフットボールをしている。興味深そうにこちらを見ているので話し掛ける。6-7人の子供に囲まれる。英語を話せる子供がいて、いろいろ話を聞く。質問攻めにあう。親はコトルに働きに出ているようである。かなりの距離、住み込みかもしれない。 
 いたるところにヤギのフンが落ちていて、静かで、古いオリーブ畑がある山間の村。静かに時間が流れている。
 子供たちに、花の蜜の吸い方を教えてもらった。子供の頃、そんなことした思い出がある、どこの国の子供も同じ、好奇心に満ちた目と楽しそうな笑顔が印象的だった。
 ウルチンに戻りプリシュティナへの夜行バスに乗る、晩御飯は名前がわからないひき肉の入ったパン、結構美味しい。
 
 5/7 プリシュティナ
 朝5時ごろプリシュティナ着、昼まで疲れて眠る。天気は曇り時々小雨。
 部屋の寒さに耐えて生活していたが、暖房を買うべきとの彼女の意見に賛同、郊外のショッピングセンターへでかける。なんでも揃う、コソボにきたときには想像もしなかった。思い切ってヒーターをリビング用と寝室用、計2つ購入。合計1万円。
 ヒーターを抱えて二人で幹線道路まで歩く、タクシーを拾ってダルダニアのアパートへ戻る。早速暖房を使うととても快適、もうすぐ春だしUNカーが来てから暖房買えばよいと思って我慢していたが、これで寒くてベッドに入る生活から開放される。感謝。
 夕方からプリシュティナの街、HABITATオフィスを案内する。実は今日からUN-HABITATは研修でマケドニアのオフリドに出かけている。
 身内が来ているのに出席を求められる、しかしスケジュールを直前に変更したのはHABITAT、こちらはスケジュール変更と同時期に休暇申請を出してある。家族を犠牲にはできないと拒否。
 アルタンが間を取り持ち休暇をアレンジ、彼女を空港に送り次第、迎えをよこすのでそれに乗って向かってくれとのこと、了解した。
 仲間のプランナーにも同情される、当然休暇にすべきだと。

 5/8 空港へ送迎→HABITAT合宿へ
 日本では把握できないプリシュティナの事情、物資に困ることもなく、一般生活を送る上で少なくとも危険を感じることはない。街の様子、人の様子を見て彼女は安心したようである。
 面白いお土産、ということで、コソボのマークの入った地元のタバコ、お菓子、アルバニアの流行音楽を買う。バスに乗っている間ずっと流れていて、皆が足でリズムを取っている。なんとも不思議な音楽である。CDショップに行くと、ほとんどがコピー商品である。しかし地元の音楽はさすがに正規品。
 日本に持って帰るので、ベストチョイスしてくれ、まとめて買うのでディスカウントするよう交渉。
 テープを買う。
 やはりCDもほしいとのことでその後別の露天でCDを買う、お勧めは?と聞くとここでも同じCDをチョイスされ思わず笑う、このアルバム、そんなに人気あるんだ?
 かえって聞いてみると、バスでいつも流れているあのミュージック。足踏みしてリズムを取ってしまいそうになる。
 空港まで彼女を送迎。その後、迎えに来てくれたガジムと車でオフリドへ向かう。
 エリックの奥さん、フローも参加しても良いということになったらしく、彼女も拾って3人でオフリドへ。
 平均速度120キロでの移動、すっかりくたびれる。
 ホテルに到着すると、ローカルスタッフに歓迎される。アルバニア語を話そうとする日本人が興味深いようである。彼らの名前を日本語に翻訳させられる、。日本語で話し掛けられてこちらはおもわず苦笑。  

Abstract-12; The Adriatic Sea in Montenegro

 4/28 モンテネグロへ深夜バス
 次の月曜が勤労感謝の日ということで、3連休。休みが多い気もするが、仲間と出歩いているので休んだ気がしない。街を見て回るのも仕事のうち。
 シャムスの冒険によりバスによるモンテネグロルートが開拓される。南のアドリア海沿岸の地域まで行くことができて、とても美しいアドリア海をみることができる。
 4名の国際プランナー、いつものコバ、エリック、私に加えて、マレーシア出身のシアンが参加、更にエリック奥様、フローレンスも新たに加わり5名での旅となる。
 プリシュティナバスセンターを20時発、既にペーヤ市で仕事をしているコバ、プリズレンで仕事をしているシアンは途中でバスに合流する。
 バスは数度の休憩を得て山を越える国境(正確にはミッションエリア境界)に着く。パスポートチェック。無事に済ませてモンテネグロ中心地のポドゴリッツァを通過し更に南下。海沿いのウルチンという数少ないアルバニア系市民の住む街に到着する。朝5時。

 4/29 ウルチン、バール、ペトロバツ
 ウルチン到着時は曇り。寒い。まさかコソボより寒いことは想定もしておらずすっかり暖かいところへ行くつもりの格好。とりあえず朝食を食べられる場所を探す、アルバニア系市民は朝がはやく、カフェが6時頃でも開いている。食事は無理とのことだが、とりあえずコーヒーブレイク。
 ぽつぽつと雨が。皆傘に上着を持っている、なぜ?と訪ねると、旅行の時は傘や上着はヨーロッパでは常識、と言われる。寒いから早朝の散歩は一人キャンセルしてカフェで時間をつぶす。
 皆が戻りレンタカーを借りる算段をする。カフェにいた人がレンタカー屋まで皆を乗せてくれる。普通車に6人、フローはエリックの膝の上に座る。
 レンタカーが高い、諦めてタクシー交渉でバールに移動。
 バールは港湾都市で、イタリアへの航路もある。あまり景色を楽しめる街並みでなはない。旧市街が港から離れた山奥にあるとのことでそちらへタクシーで移動。毎回、乗る前に値段交渉。
 バール旧市街は、山にある静かで落ち着いた街、観光客はあまりみられない。歩いて、岩肌の多い山並み、オリーブの広がる畑、渓谷を見る。旧城跡、多くが草花で覆われている姿が時の流れとその穏やかさを感じさせる。
 昼食をするにも適当な店がない。皆でパン屋でパンを買い、カフェに持ち込みで食事。
 バールに戻り、モンテネグロらしい良い場所に泊まろうと合意、シャムスの泊まった夜は月が水面にうつり綺麗だというペトロバツに移動。
 夏には海水浴リゾートになる場所であるが今の時期はホテルも多くは閉まっている。余暇の楽しみ方の違いか、ヨーロッパ組は景色良くないが安い、街の入り口の宿舎に泊まることを決める。しかしアジア組は、折角の休暇ここまで来たら景色の良いホテルでのんびりしたいと別宿を探しに行く。このあたりお互い理解し合えないようである。なぜ?寝るだけだろう?ご飯は外で景色楽しめばいいし。という考え方もわかるが、景色の良い街では景色の良いホテルに泊まりたいのが我々の考え方である。
 しかし、ほとんどのホテルがオフシーズンでしまっている。唯一の景色の良いホテルは、非常に高い。シアンと私はしぶしぶ諦めて、ヨーロッパ組に合流。
 晩ご飯でも意見がまとまらない。どうしても魚が食べたいというシアン、ベジタリアンのコバ双方のニーズを満たすのは大変。残り3名はまぁどちらでも、という感じで魚もラザニア肉抜きも食べられるレストランへ。
 外で景色を楽しもうとするも寒い。ついには雨が、。でテラスに移動するも雨が吹き込む。最後はレストラン内部へ。
 エリック夫妻以外はデザートを食べようと食後店を変える。看板にあるたいそう美味しそうなパフェに惹かれて店に入るも、オフシーズンでアイスクリームがない。看板に偽りあり。
 結局雨の中走ってホテルへ。

4/30 ブダバ、セントヘレン
 早朝、傘を買いに外出。市場で傘を見つけて購入。それ以降晴天となる。傘を買ってくれてありがとう、と皆に感謝される。
 朝ご飯を食べられる店が見つからスーパーで食料を買い、またカフェに持ち込み食べる。
 今日の行動はエリック夫妻とその他が別行動となる。
 ペトロバツから北へ、ブダバに着く。旧市街は城壁に囲まれ細い道で構成されるコンパクトな都市である。比較的新しい石造建築だなと思っていると、どうやら地震の影響で一旦崩壊したものを現状復帰したようである。それでも、魅力的な市街地、小さなテーマパークのようでもある、観光客も比較的多い。アドリア海は水も澄んでいてとても美しい。
 モンテネグロは隣のクロアチアと並んで海岸線の美しさで知られている。クロアチアほどヨーロッパからのアクセスが良くないため、観光客もクロアチアほどではない。
 ウルチンのレンタカー屋でみつけたパンフレットにあった美しい島を発見する。セントヘレン、昔は漁村集落だったそうであるが今はホテルとして使われているらしい。街として機能していない点は残念であるが、外からの街並みの美しさに惹かれ訪問することにする。ブダバから30分ほど。
 やはりとても絵になる風景である。中に入るのに入場料を取られるがコバと私は入る。シアンは金を払ってホテル見学したくないと、外で待つことに。
 確かに中は生き物のように建築が輻輳して繋がっている。ここが村のままであったらさぞかし楽しいだろうと想像する。
 コバのガイドブック曰く、ラグジュアリーなホテル、だそうだ。参考までに価格を尋ねると一人80ユーロ、昨日の宿が10ユーロであることを考えれば、高いかもしれない。
 セントヘレンをでるとシアンがいない。はぐれる。最終はウルチン19時集合であるから、そこで会えることを祈る。
 ウルチンへのバスでサラエボ出身、ノルウェーで暮らす母娘に会う。日本の立川のNTTにいた経験があるそうで、日本の話で盛り上がる。立川にいたサラエボ人にモンテネグロで会う、世界は狭い。
 モンテネグロでコソボから来たことはあまり口にすべきではない。セルビア系市民が住んでいるのでアルバニア系市民を良く思っていない。我々にはもちろん親切である。
 「世界で一番悪い人種はパレスチナ人である。ヨーロッパではアルバニア人だ、いつも問題を引き起こすのは彼らだ」と語る。もちろん、アルバニア系市民jからすると全く反対の意見である。
 
 5/1 早朝帰宅
 ウルチンで、皆が揃う。そのまま深夜バスでプリシュティナへ。1泊3日の旅、バスはあっという間であるがさすがに疲れる。朝5時にプリシュティナにつく。
 そのままベッドへ。今日はだらだらと疲れをとる。

 5/2 青年・文化・スポーツ部局 部長とミーティング
  フェリザイ市はコソボでもスポーツで有名な都市だということを知る。ハンドボールはヨーロッパの大会に進出するほどだとのこと、フットボールはフェリザイ市のプロチームがあるが観戦料が1ユーロ、財政的に成り立たず自治体が支援している。その他バレーボール、バスケットボール、スキーチームもある。しかしそれを支えるスポーツ施設がほとんどなく、民間有料の施設が点在するのみ。何故プロスポーツが育つ素地があるのかわからない。
 更にコソボ映画祭が毎年フェリザイで開催されているらしい。それほどのアトラクションがありながら市財政への経済効果はほとんどないとのこと。文化省が主催していて自治体との連携がはかられていないし、財政投資もされていないらしい。文化省へ話を掛け合うことを決める。
 コソボは紛争の影響、戦後のベビーブームもあり若年層が非常に多い、これらの層の教育や雇用、社会参加が大きな課題となる。

 5/3 教育部局部長、総務部局部長とミーティング+相方コソボ入り
 教育部局部長とのミーティング、若年層の増加と学校不足、日本による学校建設支援について説明を受ける。特に学校の配置が市中心部に集中しており周辺の村落から子供が徒歩で2キロ通勤する現状があるとのこと。通学用の公共交通機関が発達していない。プレイグラウンドも不足している。
 児童が多いこと、将来の街のビジョンについて、絵や作文を書いてもらい、市民が少しでもプランニングに興味を持つようイベントを開催することを議論する。教職者が集まるミーティングがあるのでそこで話を詰めることにする。
 総務部長、ウエブページの管理や各村落との連絡調整、会議を行っている。今後村落での市民ミーティングの開催についての支援、ウエブページでの宣伝や告知について了承を得る。
 
 夕方、相方の理恵子がプリシュティナに到着。前日はウイーン滞在。ゴールデンウイークを利用して短期間現地の様子を見に来た。魚沼産コシヒカリと飯ごう、味噌などの差し入れをもらう。
 到着早々、仕事のパートナーであるアイダの自宅へ挨拶に伺う。娘のハナがとても可愛い。
 その後フランクとその他UNMIKスタッフとフリスビー、アルティメットに参加。フットサルのコート、5対5でフリスビーを仲間で回して、相手のゴール内でフリスビーを受け取れれば勝ち、下に落とせば攻守交代。
 すっかり夜も更け、帰宅する。
 

Abstract-11; Staff Meeting in Mitrovica

4/27 ミトロビッッアへ
 プリシュティナのバスステーションでバスを待つ、時刻表には多くのバスが発着するスケジュールになっているにも関わらず、バスが来ない。1時間近く待つ。まずいなと思い人に聞くと、道路沿いでバスを待てばすぐ来るそうだ。何のためのバスステーションなのか、。
 バスもステーションに寄るのが面倒だし人も道沿いで乗ってくる、その結果、道の脇に停車して人を乗せる仕組みが採用されているらしい。この国では情報は人に聞くのがベストだと再認識させられる。
 とりあえず8時に大型バスが来ることは確からしい、10分前だったので既に停車しているミニバスに乗る。乗客が満員になったにもかかわらずミニバス運転手は外で話し込む。仕舞いには大型バスも到着、拉致があかないと、大型バスに乗り換えようとするとあわてた運転手に制止される、「今出発する!」、とのこと、ミニバスに戻る。その他乗客も苦笑い。
 何故か猛スピードでミニバスはミトロビッッアへ。 運転手は行きたいことろを一生懸命聞いてくれる。人は親切である。

 ミトロビッッアはコソボ民族紛争で最も政治的情勢が不安定な地域である。市街地が川を挟んで南北に分かれている。北側はセルビア系、南側はアルバニア系市民居住地域となっている。
 2004年のミトロビッッア民族再衝突事件、コソボ各地でのオーソドックスチャーチ焼き討ち事件は記憶に新しい。
 オーソドックスチャーチはセルビア系市民の信仰対象である。コソボのほとんどの地域でアルバニア系市民が大多数を占めるなか、この事件の影響によりセルビア系市民や宗教への弾圧と制裁が各地で行われ、治安部隊との衝突も起こった。
 コソボでセルビア系市民が半数近くを占める都市はここミトロビッッアのみである。自治体は南側アルバニア系市民により運営されている、北部はUNMIKが暫定自治を行っている。
 南側にある自治体でミーティング、ミトロビッッアの状況についてプレゼン。
 国際スタッフの一人がプランニングについて質問、「南北含めてプランニングを行うか」、との質問に、「そのつもりであるが、北側からのリアクションがなかなか得られない」、とのこと。プランナーとの交流も行っているが、北側の反応が悪いと回答。更に突っ込んで、「融和をはかろうとしているのは政治的レベル、プランナーレベルであって市民との温度差があるのでは?」との質問。
 「市民レベルでもマケドニアで会議を開きアルバニアセルビアでの話し合いが何度も繰り返されている」とのこと。実態はなかなか進まないものの、それでも何かはじめようとしている空気がある。
 
 いくつか動いているプロジェクトについて。セルビア系の民族浄化の手助けをしたとして、南部にあるロマ(ジプシー)の集落がアルバニア系市民に完全に焼き討ちされ崩壊している場所を見学する。ドナーからの資金提供を受けてその再生のプランが描かれつつある。

 南北に架かる橋はKFORにより警護されている。渡れるが、何ともいえない空気がある。北側のバスは端の手前で引き返し、南側の車も橋から先へは行かない。歩いて渡る人もあまりない。
 北側には高層住宅が川に沿って見える。もう、平和であるはずだが、気持ちは晴れない。ローカルスタッフはアルバニア系、橋を渡ったことはある、安全である。
 しかし、どこの国にでも普通でない人々がいる。もし橋を渡っていて、そうした者に銃口を向けられないとは言い切れない。もちろん、そういうことはないはずである。しかし、万が一のリスクを思うと、この橋を渡りたくないと感じる双方の民族感情を肌で感じた、気持ちの良いものではない。
 この橋は、写真撮影を禁止されている。それほど、デリケートな問題である。
 もちろん、ここでも橋の周辺を除き平和な街のように、そう見える。